みなさま、今現在「フリーランス」という生き方にあこがれていませんか?
「自分で生計を立て、自由に生きていく」という気持ちが、コロナ禍で強まったのではないでしょうか?
本記事では、日本史の観点で、過去のフリーランスがどう生きてきたのか調べてみました。
導入
さて、今の日本の働き方に入る前に、過去の働き方を見てみましょう。
時は遡り、1980年代~1990年代あたりです。
その頃の社会人は一体どんな想いで仕事をしていたのか。
・企業戦士
仕事は「打ち込む」ものという認識をしていました。
その観点から類似するのは「鎌倉時代」です。
鎌倉時代の御家人も主君のために日々武芸に励んでいました。
と、危機に瀕してはすぐに鎌倉(会社)に駆けつけるほどでした。
封建制度の崩壊
バブル経済が終わり、「失われた20年」とよばれる経済停滞期を迎えると、人々の働き方はシフトします。
「生活のため」という意見が大多数を占めます。
経済の成長が止まり、努力しても報われない・収入も増えない状況が続きます。
この会社でずっと働くのか?いや、転職してもっといい給料で働きたい。
こういうニーズから転職市場が拡大していきました。
鎌倉時代の終焉も、似たような形です。
「元寇」という国難が去り、功を立てた御家人に対して報酬が満足に払われなかったためです。
御家人の中には、家財を投げ売って武器にして戦った者もおり、努力が報われませんでした。
こういった不満から立ち上がった武士たちによって鎌倉幕府は滅びます。
新しい働き方の兆し
2010年に入り、働き方は変化を重ねていきました。
そこで増えてきたのが副業です。
「自分のスキルを使い、空いた時間に収入を得て、生活の足しにする」といったニーズから市場が拡大していきました。
鎌倉時代の終了後、室町(南北朝)時代に入ります。
鎌倉時代の頃から農家では、「二毛作」がおこなわれていました。
これは「副業」に該当します。
この「二毛作」は、作物の栽培であるため、収穫物は食料としてニーズがあります。
天候や飢饉等で相場が大きく変動していきました。
高度経済成長期の海外輸入による価格安定が発生するまでは、好調だったとのことです。
さて、現代人は「副業」という「二毛作」を実施し始めましたが、早急に価格競争に巻き込まれます。
ニーズが常にあるものとはいえず、相場が決まっているものなので、仕事を得るために「安さ」を売る戦術に走ります。
結果、消耗されている方は多いのではないでしょうか。
既存支配への対抗勢力「悪党」
「悪党」というと、悪い組織と思われるかもしれません。
しかし意味は異なります。
出典『Wikipedia』
代表とされる人物は下記です。
赤松則村
伊勢義盛
中世においての社会は、主君から領地をもらい、その領地経営をしつつ働き、功によって領地が増えていくという仕組みです。
つまり、領地が増える=収入です。
収入の基盤を主君(会社)、領地(給料)に置いていました。
しかし悪党と呼ばれた方々は異なります。
手工業や芸能などの商業で収入を得ていました。
そのため、その時代のセオリーだった収入の基盤ではない者たちだったのです。
ちなみに、南北朝時代において、悪党は南朝側を応援していました。
なぜ南朝側なのかは、大きく本題から逸れるので割愛します。興味があったら調べてみてください!
そして、彼らが時代を変えていきます。
生産力が増し、社会構造が変わる
前述のとおり、二毛作の普及で生産性が上がり、悪党と呼ばれた方々も力をつけてきます。
これが社会構造を大きく変え、「族縁社会」が、「地縁社会」に変化します。
現代に置き換えれば、「会社での上下関係社会」が「自分のビジネス関係社会」に変化したというわけです。
縦のつながりではなく、横のつながりが重視されていきました。
つまり、悪党(現代でいう、フリーランス)が営業活動で自分の社会を形成していっているという世情と似ています。
その後どうなるのか
悪党は、旧勢力に反抗的な地域組織という意味も含んでいます。
悪党は勢力を増していくと、その地域で、「国人」となります。
現代の場合、「Web制作会社」を設立だったり、「フリーランス連合」を組むだったりに該当します。
その守護大名は国人を味方につけ、勢力(売上)を伸ばします。
さいごに
やや筆者の超訳も入っていますが、現代に類似している点も多いのではないでしょうか。
ただ、歴史と現代で違うのはスピード感です。
「楽市楽座」という規制緩和も、「クラウドソーシング」というサービスが該当します。
歴史の流れは似ていますが、その時代の改革というのは現代では既に実施されているように思われます。。。
働き方を見直す今だから、過去に学ぶのもよいのではないでしょうか。